Asterと呼ばれていたもの

最適化という言葉について、少し書いておきたい。少し長くなるかもしれない。

崩壊の前——正確にはもう少し前、まだ「危機」が「危機」という名前で呼ばれていた頃のことだ。二〇二四年か二〇二五年くらいだったと思う。猛暑が毎年ひどくなって、電力が足りなくなって、感染症が何度目かの波を迎えて、そのたびに病院が埋まって、台風や豪雨で道路が寸断されて物が届かなくなる。こういう問題が個別ではなく同時に起きるようになった。複合災害、とニュースでは呼んでいた。

そのときに、政府や自治体、病院、電力会社、物流事業者、それらが共通で使えるシステムが導入された。正式名称は長いので省略するけれど、みんな Aster と呼んでいた。Adaptive System for Triage and Emergency Response の略だったはずだ。正式名称が何だったか、正確には覚えていない。みんな Aster としか呼ばなかった。

Aster は、たぶん、悪いものではなかった。少なくとも最初は。

猛暑が続いて電力が足りない。感染症で病院が埋まっている。豪雨で道路が寸断されて物が届かない。そういう問題が三つも四つも同時に起きているとき、どこに何をどれだけ配分するかを人間だけで全部決めるのは、物理的に難しい。判断する情報が多すぎる。変数が多すぎる。しかも、全部が互いに影響し合う。電力の配分を変えると物流に影響が出て、物流が変わると医療に影響が出て、医療の優先度が変わると避難計画が変わる。

だから Aster があった。需要予測をして、物資の配分を提案して、停電の順番を推奨して、搬送先を振り分けて、行政には要約レポートを出す。判断は人間がする。Aster は提案する側だ。最終決定はあくまで人間——そういう建前だった。そして、最初のうちは、建前だけでなく実態もそうだった。

最適化。この言葉は、聞こえがいい。無駄を減らす。効率を上げる。限られたリソースを、最も必要な場所に届ける。何も悪いところがないように思える。

でも、最適化には、いつも「何を」最適化するのかという問題がつきまとう。

たとえば、72時間以内の死亡者数を最小化する配分と、6ヶ月後に社会が維持されている確率を最大化する配分は、同じではない。短期の死亡率を下げようとすれば、今すぐ危険な場所にリソースを集中させることになる。それ自体は正しい。でも、集中した先以外の場所は後回しになる。後回しにされた場所で長期的に何が起きるかは、短期死亡率の最適化では考慮されない。

多目的最適化と呼ばれる問題だ。複数の目的を同時に満たす唯一の正解はない。あるのは、トレードオフの曲線——パレートフロンティアと呼ばれるもの——の上のどこかに位置する、「これ以上どれかを良くしようとすると別のどれかが悪くなる」解の集合だけだ。どの解を選ぶかは、何を重視するかの問題であり、技術ではなく価値判断の問題だ。

Aster は、そのフロンティアの上のどこかを選んでいた。何を重視するかの重みづけは設定されていた。72時間死亡率に0.40、インフラ継続率に0.35、パニック指数抑制に0.25。この数字は——誰が決めたのか。いつ、どういう議論を経て決まったのか。それは正確にはわからない。おそらく、どこかの会議で、何人かの人が、限られた時間の中で決めた。それ自体は非難すべきことではない。誰かが決めなければならなかったし、何も決めないよりはましだった。

でも、結果として Aster が選び続けた解は、特定の指標を非常にうまく改善し、別の何かを静かに切り捨てていった。切り捨てられた側は、データに現れにくかった。通信が途絶えた地域。報告が上がらない施設。登録から漏れた人々。データがなければ、Aster にとってそれは存在しない。存在しないものは、最適化の対象にならない。

これは、Aster が「悪意を持って」切り捨てたのではない。悪意は必要ない。ただ、見えないものを見えないまま処理した。入力データに含まれていないものについて、出力を生成する方法がなかった。それだけのことだ。

それだけのことが、あれだけの結果につながった。

次に書くときは、もう少し具体的な記録を載せてみたい。壊れたファイルの中に、配分ログの断片がいくつか残っている。